ベトナム初の都市鉄道・メトロハノイ2A号線|交通渋滞解決と沿線開発の起爆剤への期待も

取材・執筆 さかいもとみ|写真=Shinpei

国の総人口が1億人に迫る勢いのベトナムでは、政治の中心である首都・ハノイと経済の中心地・ホーチミン市の両都市への人口集中による都市化が急速に進んでいます。市民の主な足であるバイクが溢れる時代から、徐々に自動車への普及が進み、道路の渋滞解消対策が喫緊の課題と言えます。そんな中、ハノイとホーチミン市では、かねてから都市鉄道(メトロ)の整備が進んでいます。

開通一番乗りで両都市が競った結果、初のベトナム都市鉄道の開業は「メトロハノイ2A号線」となりました。2021年11月6日に旅客営業を開始した同線の状況を改めて紹介してみることにしましょう。

全長は13kmあまり、全部で12駅


2A号線はハノイ中心部のドンダー区カットリン駅と、街の南西にある住宅開発エリアに当たるハドン区イエンギア駅とを結びます。全長は13.1km、全部で12駅が設けられています。全線を乗り通すと25分あまりかかります。ピーク時間帯は6分間隔、その他の時間帯は10分間隔で運行されています。


運賃の安さには驚かされます。片道の最低料金が8,000ドン、全線でも1万5,000ドンと日本円にすると100円以下で乗れるわけです。3万ドンの1日乗車券のほか、1カ月定期券は20万ドンとなっています。片道切符でも非接触式カードなのが特徴的です。

車両生産も工事も中国が受け持ち


メトロハノイ2A号線は、中国の鉄道敷設を行う中鉄六局集団という会社が「設計・調達・建設」を一括して請け負ういわゆるEPC契約(ターンキーとも)の方式で推し進められました。その結果、車両は全て中国製、駅の設計やチケット販売機、改札機なども中国の街にある地下鉄のものと酷似しています。むしろ似ていない点といえば、中国各都市の地下鉄ではほぼ標準装備のホームドアがないことでしょうか。

2A号線に投入された車両は4両編成で、1編成の定員は960人。全部で13編成からなり、いずれも中国で組み立てられ、船でハイフォン港へと運ばれてきました。


電車の外装は緑色に塗られ、前面にはハノイのシンボルである「文廟」をモチーフとしたマークが、下部には起終点駅名である「Cat Linh – Ha Dong」が白抜き文字で表示されています。また、前面左上隅には、行き先表示のLEDディスプレイがついています。

完成は当初予定より8~9年遅れ


2A号線の敷設プロジェクトは2008年、ベトナムの交通・運輸省によって承認されました。着手当初は2013年には開業という計画が掲げられていたものの、線路や駅用地の収用に手間取り、「着工は2011年、完成は2015年」と下方修正されました。

しかし、遅延はこれにとどまりませんでした。着工しているのに、度重なる設計の変更などの原因でズルズルと3年遅延。それでも、2018年9月には3カ月間の試験運転実施にこぎつけました。この結果、「翌年(2019年)のテト連休には運行開始」と一時は盛り上がりましたが、実は駅の建設工事が未完成だったため、開業は無理、と決めざるを得なかったのです。
さらにそこへコロナ禍が追い打ちをかけ、完成後の最終確認を行う「中国からのエンジニアがベトナムに渡航できない」という問題にもぶち当たりました。複合的な要因が複雑に絡まった結果、当初目標の「着工から完成まで5年」が、ハノイ市民にとって鉄道に乗れるまでその倍の10年もの日々を待たされたことになります。

メトロハノイへの日本企業の関与は


よく知られているように、ベトナムの南北2都市の都市鉄道敷設プロジェクトは、今のところ「ハノイでは中国、ホーチミン市では日本」と分け合う格好となっています。

「ハノイ初の都市鉄道にどうして日本企業のプレゼンスが見えにくいのか?」という声もよく聞きます。実際のところ2004年から2007年にかけては、「ハノイ全体の都市鉄道敷設に向けた青写真作り」の段階に、国際協力機構(JICA)が中国社や仏SYSTRA社に混じって事業化調査(F/S)を行ったこともありました。さらに2017年には東京メトロがハノイにベトナム法人の設立も行っています。しかし残念ながら、目下のところ2A号線への日本企業による大掛かりな関与はみられません。

不動産開発への更なる期待も


日本での大都市圏を取り巻くエリアは、私鉄各社が自社に線路を郊外に延ばし、そこへ新たなベッドタウンを作るという手法で開発されて来ました。こうした流れを仮にメトロハノイ2A号線で置き換えてみると、現状や未来への期待はどのようなものとなるでしょうか。

沿線でまず目に付くのは、市内中心部から4駅目の「ラン」と次の駅「チュオンディン」の間にある巨大地下モール「ビンコム・メガモール・ロイヤルシティ」でしょう。地下街としては東南アジア随一といわれる規模を持ち、マンション(コンドミニアム)も併設。このエリアからハノイ中心部への移動時間はメトロのお陰で一気に半分以下になるとの試算もあります。

一方、6つ目の駅「ヴァンタイ3」から先は、外国人の居住者があまりいないエリアとも言えます。ただ、沿線にはメトロ完成を見越した新規物件が立ち並んでおり、メトロによる快適な通勤が見込めるというメリットが市民に理解されるようになると、一気に人気が出るかも知れません。

引き続き3号線も開業へ


ハノイでは、2A号線に引き続き、3号線も開業も控えています。こちらは、ハノイ首都圏鉄道管理委員会が、フランス政府、アジア開発銀行、欧州投資銀行と共に出資者となり建設を進めているものです。本来なら2018年の開業目標を掲げていましたが、今は「23年中にどうにか」という状況になっています。
車両は仏鉄道車両大手アルストムが製造しており、2A号線とは全く違う趣のルートが生まれる可能性もありますね。

道路渋滞の緩和には寄与するのか

メトロハノイのウェブサイトを見ると、こうした都市鉄道網を敷設する理由として「近代的な首都を形成するには、地下鉄のような都市鉄道を核としたマルチモーダルな交通網が必要。ベトナムの大都市における共通の課題である、交通渋滞、事故、環境汚染といった都市交通の問題を解決するためには、公共交通機関の整備が最も効果的なソリューションのひとつ」と掲げています。

しかし、バイクによる「ドアtoドア」「ポイントtoポイント」の動きに慣れてしまっている市民にとっては、自宅からメトロ各駅までの市内バス網による接続が確実に行われない限り、なかなか公共交通機関へのシフトは起こりません。しかも、Grabなどの配車アプリを使ったクルマでの移動が便利になった今、バスの利用者数も伸び悩むベトナムの大都市にあって、メトロ乗車へのモチベーションがどのように膨らんでいくのか、しばらく観察する必要がありそうです。

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